残置物とは、以前の賃借人が物件退去時に残していった物品を指し、これが原因でさまざまなトラブルが発生することがあります。貸主と賃借人双方にとって、これらのトラブルを未然に防ぐためには、残置物の扱いに関する知識や契約内容の理解が不可欠です。
この記事では、残置物の概要からトラブルにつながるケース、そして防止策について詳しく解説します。この情報を通じて、物件管理の参考にぜひご活用ください。
残置物とは?
残置物(ざんちぶつ)とは、以前の賃借人が物件から退去する際に残した設備や備品のことを指します。主に次の2パターンが該当します。
- 前賃借人が貸主に無断で残している
- 貸主の了承を得て残置している
これらの残置物に対する所有権の帰属は異なります。項目ごとに詳しくみていきましょう。
1.前賃借人が貸主に無断で残している
賃貸契約の締結では基本的に原状回復を約束しますが、賃借人が不用品や備品を残置し退去するケースは多々あります。これは、廃棄物処理費用が発生することや、「夜逃げ」など賃借人が突然行方不明になることが原因に挙げられます。
残置物の中には、賃借人が自己負担で増設または改装した厨房設備や棚なども含まれますが、これらは基本的に無断での設置や改装は禁止されています。退去時に原状回復が求められますが、経営状態の悪化により撤去費用を捻出できないケースも多く、その結果、無断で残置されるのです。
しかし法的には、残置物の所有権は前賃借人に帰属します。そのため、貸主は前賃借人の同意なくこれらの物品を処分することはできません。
物件に残された残置物は、貸主と賃借人の間で適切な対応を話し合う必要があります。
2.貸主の了承を得て残置している
もうひとつのパターンは、貸主の同意のもとで残されている設備や備品の残置物です。
たとえば、設備改装の申出が賃借人から提案されたとします。その改装工事の内容が貸主によって承認され、退去時に残置してもよいと貸主が許可したケースが該当します。
このような合意がある場合、契約期間中は設備の所有権が賃借人にありますが、退去時に賃借人の権利放棄により、所有権は貸主に移行します。その結果、物件は居抜き物件として次の賃借人に引き継ぐことが可能です。
ただし、トラブルを避けるためにも、すべての合意を契約書に明記することが非常に重要です。これにより、将来的な権利関係の問題を予防することができます。
残置物による4つのトラブル
残置物によるトラブルを解説します。主に次の4つです。
- 所有権
- 残置物撤去の費用負担
- 補償の費用負担
- 原状回復の範囲
それぞれの内容について詳しくみていきましょう。
1.所有権
残置物トラブルの原因のひとつは、前賃借人が無断で設備や備品を残して退去した場合の所有権です。一見、所有権放棄と解釈できそうですが、法的には所有権は依然として前賃借人にあります。
そのため、貸主が勝手に残置物を処分することは法律に違反し、刑事罪や民事上の損害賠償責任を問われるリスクがあります。
(器物損壊等)
第二百六十一条
前三条に規定するもののほか、他人の物を損壊し、又は傷害した者は、三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金若しくは科料に処する。
たとえば、設備の状態が良好で、前賃借人が所有権放棄を明確にした場合は、物件を居抜き物件として新しい賃借人に提供することが可能です。しかし、無断で残置された場合、新たな賃借人への貸出しの前に、前賃借人に撤去や所有権の譲渡を求める必要があります。
前賃借人が応じない、あるいは連絡が取れない場合、法的措置を含めたさまざまな対応が考えられますが、これには多大な時間とコストが伴います。したがって、賃貸契約時には残置物に関する条項を明確に設け、トラブルの予防に努めることが重要です。
2.残置物撤去の費用負担
事業用物件の契約は通常、賃借期間終了時に原状回復が求められます。原状回復が完了しなければ、賃借人は物件を正式に返却できず、さらに継続して賃料の支払い義務も発生します。
(解除の効果)
第五百四十五条
当事者の一方がその解除権を行使したときは、各当事者は、その相手方を原状に復させる義務を負う。ただし、第三者の権利を害することはできない。
しかし、経済的困難から前賃借人が残置物を放棄するケースもあり、撤去費用を貸主が負担するケースも少なくありません。小規模な店舗の撤去でも数十万円が必要になり、大規模な店舗では撤去費用が数百万円にも上る可能性があります。
したがって、賃貸契約での増設や改装は、上記のようなリスクを考慮して慎重に行いましょう。また、契約時には残置物の撤去責任と費用負担に関する明確な規定を設けることが重要です。
3.補償の費用負担
貸主の許可を得て残置された使用可能な設備や備品は、所有権が貸主に移行したのち、新しい賃借人へ貸与されることがあります。しかし、契約段階で残置物の所有権と管理義務に関する明確な合意がない場合、将来的なトラブルの元となる可能性が高いです。
たとえば、外観上は問題ないと思われた設備が新賃借人に引き渡されたあとに故障が発覚し、大規模な修繕が必要になったケースです。この場合、契約が適切に管理されていなければ、修繕費用の責任所在が不明確となります。
通常、居抜き物件では新賃借人が前賃借人の残置物を引き継ぎ、その管理も担います。そのため、貸主が新賃借人に賃貸する際は、契約書に設備故障時の補償責任や修理、撤去費用の負担について明確に規定することが極めて重要です。
このように、貸主と賃借人の間で修理や補償の責任範囲を事前に合意しておくことで、将来的な誤解やトラブルを防ぐことができます。
4.原状回復の範囲
賃貸契約を締結する際は、退去時の原状回復に関する条項を明確に定めることが重要です。特に居抜き物件においては、どの程度まで原状回復が求められるのか、具体的な義務の範囲を契約に盛り込むことで、後の費用負担を巡るトラブルを防ぎます。
たとえば、貸主が使用可能と判断した残置物を新賃借人に貸与したが、それが故障し使用困難な状態となった場合、新賃借人がそのまま返却することもありえます。この時、貸主が残置物を貸与した以上、新賃借人には管理責任とともに原状回復の義務があるとされるのが通常です。
さらに、居抜き物件では貸与された物件とそれに付随する設備の保全が賃借人の責任となります。ただし、残置物の修繕に関する費用の責任分担が契約で明記されていない場合、賃借人が費用の負担を拒否すると、訴訟に発展するリスクがあります。
原状回復の範囲と責任に関する詳細を契約書に具体的に記載することで、予期せぬトラブルを未然に防ぐことが可能です。
残置物による4つのトラブル防止策
続いて、残置物によるトラブルを防ぐ対策を紹介します。主に次の4つです。
- 退去時の立ち合いを実施する
- 貸主所有の設備を把握しておく
- 造作譲渡契約を締結する
- 無断で増改築しない
それぞれの内容について詳しくみていきましょう。
1.退去時の立ち合いを実施する
貸主の退去時の立ち合いは、賃借人が物件を原状回復し、設備や物品を適切に撤去したことを確認するために必要です。
立ち合い時には、残置物の有無を確認し、すべての問題が解決されるまで鍵の受け取りを避けましょう。鍵受け取りは物件返還の承認とみなされるため、徹底した確認が必要です。
賃借人が適切に退去準備を行っているかを確認するために、退去が決まった際はこまめに現場を訪れるのが効果的です。定期的なコミュニケーションを保つことは、賃借人が突然行方不明になるリスクを減少させる抑止力となります。
2.貸主所有の設備を把握しておく
賃貸物件の貸し出し前には、設備や備品のリストを作成し、管理・修理の責任範囲を賃借人と明確に合意しておくことが重要です。
リストには、通信設備の増設や電力供給の増強など、物件に施される予定の改修工事の詳細も含めます。これらの情報は、トラブル防止や、将来的に訴訟となった際の証拠資料としての価値があります。
設備の初期状態を写真や記録に残し、賃借人と共有することも効果的です。口頭での約束に頼らず、すべての合意事項を文書化し、双方が署名することで、法的な保護を確保しましょう。
3.造作譲渡契約を締結する
残置物も含めた居抜き物件の賃貸借契約を行う際は、造作譲渡契約も締結しましょう。この契約により、貸主が施した店舗内装や設備(壁、床、天井、家具、厨房機器など)を新賃借人に移譲します。
造作譲渡契約には、故障時の修理責任や退去時の原状回復責任が賃借人にあることを明記し、契約違反に対する罰則も明確にしておくことが重要です。これにより、双方の権利と責任を保護します。
4.無断で増改築しない
賃貸借契約を締結する際、賃借人が貸主の許可なく設備や備品を増改築しないよう、契約書に具体的に記載することが重要です。
増改築が居抜き物件の次の賃借人にそのまま貸与できる状況もあるかもしれませんが、専門的で汎用性の低い改造は、後の原状回復費用が増大するリスクを伴います。賃借人が負担できない場合の対策として、保証金の増額や増改築時の具体的な規定を設けることで、貸主のリスクを管理することが可能です。
特に、無断で行われた増改築は契約解除の理由になるため、この点を契約書に明記し、違反があった場合は、保証金から費用を充当する条項を含めることが望ましいです。これにより、不測の事態に備えて貸主の利益を守りつつ、賃借人にもその責任を明確に示すことができます。
残置物でよくある3つの質問
最後に、残置物でよくある質問にお答えします。
- 質問1.「残置物」と「設備」は違う?
- 質問2.いらない残置物は勝手に処分してもいい?
- 質問3.退去時に残置物を残さない処分方法は?
それぞれ詳しくみていきましょう。
質問1.「残置物」と「設備」は違う?
賃貸物件において「残置物」と「設備」は異なります。
設備とは、貸主が元から提供しているもので、居住用物件ではエアコンやボイラー、給排水設備などが含まれます。一方、商業用テナントでは、調理設備や排煙システム、エアコンなどが設備に該当し、これらは貸主の所有下にあります。
対して、残置物は前の賃借人が残した私物であり、貸主の所有とはならず、契約終了時には原則として撤去が求められます。
この違いは新たな賃借人との契約時において、撤去責任や費用負担の問題に影響を与えるため、契約前には残置物と設備の区分を明確にし、その取り扱いを契約書に記載することが望ましいです。
質問2.いらない残置物は勝手に処分してもいい?
退去後に残された残置物は、特定の条件下で貸主の所有物とみなされることがありますが、勝手に処分する行為は避けなければなりません。なぜなら、前の入居者が搬出を忘れている場合があり、後に受け取りに来る可能性があるためです。
そのため、残置物を処分する際は、前入居者に確認を取ることが必須です。さらに、前入居者が所有権を放棄していない場合は、その指示に従って残置物を明け渡す必要があります。
また、新規賃貸契約時に残置物がある場合、貸主は新入居者にその事実を伝える責任があります。新入居者が勝手に残置物を処分した場合、それが原因で損害賠償責任を負うことも考えられます。
残置物をどう扱うかについては、貸主に相談し、適切な手続きを踏むことが重要です。
質問3.退去時に残置物を残さない処分方法は?
賃貸物件を退去する際、賃借人は不要な残置物を処分する必要があります。ここでは、残置物を適切に処分する3つの方法を紹介します。
①自治体のサービスを活用
多くの自治体では、粗大ゴミの回収サービスを提供しています。冷蔵庫やテレビなど家電リサイクル法の対象外の品目は、割安な手数料で自治体が回収してくれるため、早めに申込みを行い、計画的に処分しましょう。
②購入店舗に回収依頼
大型家電を新しく購入する際は、古い製品を購入店で引き取ってもらうことが可能です。これは家電リサイクル法の対象品目にも適用され、必要なリサイクル料金を支払うことで処理してもらえます。
③不用品回収業者に依頼
さまざまな種類の不用品を処分したい場合は、不用品回収業者の利用が便利です。ただし、悪徳業者には注意し、適正な処理費用を設定している信頼できる業者を選びましょう。
まとめ
ここまで、賃貸物件における残置物について詳しく解説しました。残置物とは、前の賃借人が残した私物のことを指します。
これには、貸主の許可があるケースと無断で残されるケースがあります。貸主の許可があればトラブルは比較的少ないですが、新賃借人に貸与したあと、すぐに故障することも考えられます。
貸主としては、基本的に残置物を許可しない方が安全であり、契約書に具体的な条項を設けることが望ましいです。また承諾する場合は、残置物の所有権をどう扱うかを明確にし、前もって慎重に検討する必要があります。