
飲食店の経営権を譲渡するには、「株式譲渡」や「事業譲渡」「造作譲渡・居抜き」とさまざまな方法が存在します。経営権の譲渡を成功させるには、それぞれの違いやメリット、デメリットを正しく理解することが大切です。
本記事では、飲食店の経営権を譲渡する株式譲渡の概要やメリット・デメリットを紹介します。また、譲渡する際の注意点やコツも解説していますので、ぜひ参考にしてみてください。

飲食店の経営権を譲渡する株式譲渡とは?

「株式譲渡」とは、株式を所有している会社の一部またはすべての株式をほかの個人や企業に売却する方法です。株式が過半数売却されると、事実上の「会社譲渡」とみなされ、新たな所有者が経営権を得られます。
この方法では、企業の債権や債務も自動的に新オーナーへと引き継がれるため、全体的な事業運営の移行がスムーズです。経営権の移転を通じて、新しい経営戦略が導入され、飲食店のリブランディングやメニューの刷新などが行われる場合があります。
1.メリット
飲食店の経営権を株式譲渡で移譲する際のメリットは、以下のとおりです。
- 手続きの簡素化
株式譲渡では、経営権を含むすべての資産と負債が簡単に譲渡できる。契約書類の準備や法的手続きがほかの方法に比べてシンプルであるため、時間と労力の節約にもなる
- 創業者の利益確保
利益を退職後の生活資金や、新たなビジネスを始めるための資本として活用できるため、経済的な安定につながる
- 税率の優遇
株式譲渡における譲渡益に対する課税率は、事業売却時に比べて低く設定されている。この税率の差により、譲渡後の手取り額が増える
2.デメリット
飲食店の経営権を株式譲渡で移譲する際に生じるデメリットは、以下のとおりです。
- 負債の承継
会社が抱える負債も自動的に引き継がれるため、買い手が見つかりにくくなる場合がある。負債が大きい場合は、買収を検討している企業から敬遠されやすい
- 株式の集約が困難
複数の株主がいる場合、全員の合意を得て株式を一括して譲渡するのが困難。株式の分散が激しいと、譲渡手続きが複雑化し、多大な時間と労力が必要となる
- 見えないリスクの存在
未発表の負債や訴訟リスク、経営上の問題などが含まれる。これらのリスクが後になって明らかになった場合、新たな経営者にとって大きな負担になる

「株式譲渡」と「事業譲渡」の違い

「株式譲渡」は、株式の売却によって事業の所有者が変更されるプロセスです。企業の株主が変わるものの、従業員の雇用や顧客との取引関係はそのまま継続します。
一方、「事業譲渡」は、会社が運営する事業の一部またはすべてを第3者へ移譲します。設備や人材、ノウハウといった有形・無形の資産が譲渡の対象となり、事業承継には詳細な交渉が必要です。
株式譲渡と事業譲渡の主な違いは、譲渡する資産の範囲と、事業の継続性をどのように扱うかにありますが、いずれの方法も経営権の移動を伴わずに譲渡企業の法人格は維持されます。
1.事業譲渡のメリット
事業譲渡は、株式を必要としないため、個人事業主でもM&Aを実行可能な手段として利用できます。飲食店を含む複数の事業を抱えている企業にとって、事業の一部または単体を売買すると、不採算事業の整理や資金の集中化が行えるのがメリットです。
飲食店運営をほかの企業に任せると、主要な事業への資金投入が可能になり、経営の効率化を図れます。また、経営不振の際には特定の事業を譲渡することで、企業の存続につなげられます。
2.事業譲渡のデメリット
事業譲渡のデメリットは、煩雑で時間と手間がかかる点です。事業譲渡すると、承継する事業内容を契約の範囲で選べますが、それぞれの契約や不動産の名義変更など、多くの手続きを白紙からやり直す必要があります。
飲食店の場合は、経営者が変わると許認可が無効になり、新たに飲食店営業許可の取得が必要です。取得には、一定の時間や手間が必要であり、細心のスケジュール管理が欠かせません。
さらに、調理方法などの引き継ぎが不十分だと、事業譲渡後の経営がうまくいかず、廃業するリスクも高まります。そのため、事業承継をスムーズに終えるためには、培ったノウハウを明確に伝達し、買い手企業が運営しやすい環境を整えなければなりません。

「株式譲渡」と「造作譲渡・居抜き」の違い

「株式譲渡」は会社の株式を売買し、会社の経営権が移動します。さらに、会社の資産だけでなく、債務や法的責任も新たな所有者に引き継がれます。
一方、「造作譲渡・居抜き」は、特定の物件や施設の内装や設備をそのまま新オーナーに譲る方法です。売り手は設備撤去のコストを避け、買い手は新たに設備を購入する初期投資を抑えられます。
飲食店業界では、設備投資が大きな負担となるため、居抜き物件の譲渡は非常に魅力的な方法の1つです。
1.造作譲渡・居抜きのメリット
「造作譲渡・居抜き」のメリットは、以下のとおりです。
- 初期投資の削減
既存の設備や内装を利用するため、新たな設備購入や内装工事の費用を大幅に削減できる
- 準備期間の短縮
設備や内装がすでに整っているため、内装工事や設備の設置にかかる時間を短縮できる
- 閉店時のコスト削減
事業がうまくいかなかった場合や、ほかへ移転する際にも、自身で設置した設備や内装を撤去する必要がないため、閉店時のコストと手間の負担がかかりにくい
2.造作譲渡・居抜きのデメリット
「造作譲渡・居抜き」のデメリットは、以下のとおりです。
- 貸主の承諾が必要
貸主が次も飲食店としての利用を想定していない場合、承諾が得られないリスクがある。承諾を得るプロセスは時間がかかる場合もあり、事業の開始が遅れる可能性が高い
- 認識のずれからのトラブル
譲渡される設備や内装の範囲についての認識が曖昧な場合、後にトラブルに発展する可能性がある。具体的なリストや条件を事前に詳細に確認し、合意形成する必要がある
- 設備の状態と合わない場合
既存の設備や内装が新オーナーのビジネスコンセプトに合わない場合、再度の改装が必要になるケースがある。このような場合、想定外の追加投資が発生し、経済的な負担が増大する

飲食店の譲渡・売却が行われる3つの理由

次は、飲食店の譲渡・売却が行われる理由について解説します。
- 競争激化による経営不振
- 後継者問題の解決
- 譲渡・売却益を得るため
それぞれの詳しい内容についてみていきましょう。
1.競争激化による経営不振
飲食業界は参入障壁が低く、供給過剰で激しい競争が続いており、開業後3年以内には約7割の飲食店が廃業に追い込まれ、10年を超えて生存しているのはわずか1割です。競争が激しいなかで、飲食店が一定地域に密集すると、顧客の流失が発生しやすく、近隣の新しい店舗によってさらに顧客数の減少が起こります。
このような状況では、多くの飲食店が不安定な経営に悩まされがちですが、店舗運営のノウハウを持つ第3者に譲渡すると、廃業のリスクから逃れ、経営の安定化を図れます。事業譲渡や事業売却、株式譲渡を通じて飲食店を安定した企業に売却すれば、不安定な経営の解消が可能です。
2.後継者問題の解決
日本では少子高齢化の影響もあり、多くの経営者が後継者不足に悩んでいます。飲食店の経営者にとっては、自らが築き上げたノウハウを活かし、店舗が存続している状況が理想的です。
しかし、身内や従業員で後継者が見つからない場合は、株式譲渡や事業譲渡を通じて第3者を後継者に選ぶしかありません。事業譲渡や株式譲渡を利用し、問題解決を図るケースが増えているのが現状です。
3.譲渡・売却益を得るため
オーナーが退職するタイミングでの事業売却や、資金を調達するための株式売却は、資金流動性を高める有効な手段です。売却から得られる利益は、創業者や経営者にとって次の事業への投資資金源となり、個人的な資産としての価値を高めます。
また、会社が直面する経済的な課題に対処するために、事業を売却すると必要な資金が確保でき、企業の健全性が保てます。ただし、事業譲渡と株式譲渡では益金の受け手が異なるため、これらの違いを理解し、目的に応じた適切な選択が不可欠です。

飲食店の経営権の譲渡を成功させるポイントは3つ

次は、飲食店の経営権の譲渡を成功させるポイントについて解説します。
- 専門知識がある相手に相談する
- 買い手に向けて必要な情報を開示する
- 信頼できる買い手に譲渡する
それぞれの詳しい内容についてみていきましょう。
1.専門知識がある相手に相談する
経営権の譲渡や事業譲渡に際しては、専門的な知識が求められるため、不安や疑問がある場合は専門家への相談がおすすめです。
飲食店の売却経験が少ない方ほど、個人で進めるよりも専門家に協力してもらう方が時間や労力を削減できます。また、金融機関や仲介会社によって手数料やサービスの内容が異なるため、自分の条件に合った最適な専門家を選びましょう。
2.買い手に向けて必要な情報を開示する
買い手の企業側と信頼関係を築くためには、売却側の負債を含むすべての情報を正確に開示しましょう。基本合意が締結された後も、買い手が求める情報は迅速かつ正確な提供が求められます。
不正確な情報を提示すると、買い手に不信感を与え、交渉が破綻する可能性があります。そのため、株式譲渡だけでなく事業譲渡においても、信用を得るために必要な情報の適切な開示が不可欠です。
3.信頼できる買い手に譲渡する
経営していた飲食店に思い入れがある場合、譲渡後の廃業は避けたいものです。そのため、事業を第3者に引き継ぐ場合は、信頼できる買い手の選定が欠かせません。
買い手を選ぶ基準は買い手企業の経済状況や実績などが挙げられますが、実績などの目に見える情報だけに囚われてはいけません。買い手との話し合いを通じて、信頼できる相手であるか見極めましょう。

飲食店の経営権を高値で譲渡する3つのコツ

次は、飲食店の経営権を高値で譲渡するコツについて解説します。
- 交渉に必要な情報を整理する
- 企業価値を買い手に伝える
- 利益を生み出しているタイミングで譲渡する
それぞれの詳しい内容についてみていきましょう。
1.交渉に必要な情報を整理する
飲食店の最終的な売却価格は、買い手企業との交渉によって決まります。交渉の際に必要な情報を忘れてしまうと、買い手企業から不信感を抱かれて、売却価格が低くなったり、譲渡自体が破綻したりする可能性があります。
このようなリスクを防ぐためにも、交渉を進める前には自社の強みや経営状況、交渉に求める条件など、必要な情報をしっかりとまとめておきましょう。
2.企業価値を買い手に伝える
企業価値の評価には、事業が将来的に生み出すと予測される利益も含まれます。買収によって利益の拡大を望めると伝えれば、より高値での事業売却が可能です。
買い手が買収に魅力を感じられるように、将来予測される利益を買い手に伝えましょう。企業価値の算定に不安がある場合は、専門家に相談するのがおすすめです。
3.利益を生み出しているタイミングで譲渡する
事業の売却価格は、企業が生み出す利益によって算出されます。業績がよいタイミングで飲食店を売却すれば、より高い資金の獲得が可能です。
一方で、業績が悪化しているタイミングで売却を検討すると、買い手が見つからないというリスクもあります。買い手をスムーズに見つけて、高い価格で売却するためにも、経営権の譲渡や事業譲渡するタイミングは正確に見極めましょう。

飲食店の経営権の譲渡でよくある3つの質問

次は、飲食店の経営権の譲渡でよくある質問について解説します。
- 質問1.飲食店の店舗を譲渡するときの相場価格は?
- 質問2.飲食店の譲渡と売却の違いとは?
- 質問3.飲食店の廃業に必要な手続きとは?
それぞれの詳しい内容についてみていきましょう。
質問1.飲食店の店舗を譲渡するときの相場価格は?
店舗の譲渡にはさまざまな方法があり、それぞれで相場価格が異なります。
- 造作譲渡の場合
相場価格は100万円~300万円程度。価格を左右する主な要因は、立地や床面積、建物の構造、設備、清潔さなどがある。立地条件は価格に大きな影響を与え、好立地にある店舗は高価に取引される傾向がある
- 事業譲渡や株式譲渡などM&Aを通じて店舗を売却する場合
相場価格を一概に示すのは難しく、価格算出には「マーケットアプローチ」「コストアプローチ」「インカムアプローチ」といった方法が用いられる
・マーケットアプローチ:株式市場の値と比較して価格を算出
・コストアプローチ:資産や負債の時価をもとに計算
・インカムアプローチ:譲渡対象の会社や事業の収益力をもとに譲渡額を算定
質問2.飲食店の譲渡と売却の違いとは?
「売却」は、物件や設備の所有権を他者に移す行為を指し、内装や設備が残された状態での居抜き売却が一般的です。この場合、設備や造作物に価値が加算されますが、経営権や営業権の移転は含まれません。
一方で「譲渡」は、M&Aの文脈で用いられる場合が多く、企業や事業の経営権や営業権を含めた範囲が対象です。売却価格には店舗の物理的な資産だけでなく、企業のブランド、ノウハウ、従業員の能力といった非物質的な資産も反映されます。
なお、店舗売却については、こちらの記事で詳しく解説しています。
関連記事:店舗売却の流れは5ステップ|売却の注意点や主な費用の種類について解説します!
質問3.飲食店の廃業に必要な手続きとは?
飲食店の廃業に必要な手続きは、以下のとおりです。
- 廃業届の提出
廃業の際には、「個人事業の開業・廃業等届出書」を、廃業した日から1か月以内に所轄の税務署と都道府県税務署へ提出する
- 事業廃止届出書の提出
課税売上がない場合、消費税の課税事業者は、事業廃止届出書を提出する必要がある
- 青色申告の取りやめ届出書の提出
青色申告している場合、取りやめ届出書を廃業届とともに事業廃止する年の3月15日までに提出する
- 所得税・復興特別所得税の予定納税額の減額申請
廃業に伴う所得の変動が予想される場合、予定納税額の減額申請ができる。この申請は期限が設定されているため、期限内に行う必要がある

まとめ

本記事では、飲食店の経営権を譲渡する株式譲渡についてやメリット・デメリット、譲渡する際の注意点、コツを解説しました。
「株式譲渡」とは、株式を所有している会社の一部またはすべての株式をほかの個人や企業に売却する方法です。企業の経営権や債権、債務も自動的に新オーナーへと引き継がれます。
株式譲渡と事業譲渡の違いは、譲渡する資産の範囲や事業の継続性をどのように扱うかにあり、どの方法も経営権の移動を伴わずに譲渡企業の法人格は維持されます。また、「造作譲渡・居抜き」は、特定の物件や施設の内装や設備をそのまま新オーナーに譲る方法です。
飲食店の経営権の譲渡を成功させるには、買い手に必要な情報を迅速かつ正確に提供し、話し合いを通じて信頼できる買い手を選定することが大切です。

